2015年11月

「ベナンから戻りました【奴隷海岸と帰らずの門】」

僕が事務局長を務める日本・アフリカ友好横浜市会議員連盟所属の超党派議員13名と、副市長以下職員合計18名で11月9日~13日まで、西アフリカのベナン共和国に地方議会として初となる公式訪問を行いました。コトヌー市との提携強化の調印、ボニヤイ大統領への面会、コトヌー港視察などのほかに、公式行事日程だけでなく、ゾマホン大使がアンジしてくれたコトヌー市周辺の視察も入っていました。

訪問前の日本におけるゾマホン大使との事前調整の中で、ウィダー海岸訪問というものがあったので、不勉強な私は、あくまで公式訪問なので、海岸・ビーチなどの観光はできないという話をしました。そうしたら「ここは私たち黒人の聖地なんだよ!観光じゃないんだよ!ここは絶対に行かなきゃダメ!」と怒られました。

奴隷海岸ということだったのですが、その時は本当に不勉強で、当日は時間がどうせ押すからオプション的に考えてればいいやというのが本音でした。ところが、実際に行ってみて、今回の訪問の中で、公式行事も含めて正直一番心を打たれたのが、このウィダー海岸の訪問でした。

皆さん、アフリカの奴隷制度の話は歴史で必ず勉強すると思いますが、どれだけの人たちがアフリカから連れ去られたか知っていますか?? その数、16世紀から19世紀までの約260年間で約1000万人とも2000万人とも言われています。そしてその何倍もの人が、奴隷船の船上で亡くなったと言われています。

ベナンのウィダー海岸は、アフリカ奴隷貿易の一大拠点で、1700年代から1860年までの約150年間で、約100万人のベナン人が奴隷として、ブラジル、カリブ諸国、アメリカ大陸に運ばれました。

最初に要塞を築いたポルトガルの屋敷が復元されて、今はミュージアムになっています。ベナンの悲劇は、当初欧米人が奴隷狩りを行ったのではなく、当時のベナン人が国内の戦の中で奴隷狩りを自分たちで行っていたことです。黒人による黒人の奴隷化です。

ウィダーの奴隷海岸までの「奴隷街道」には、当時を偲ぶ史跡が多くありました。

国内から集められた奴隷がやって来ると,競りが開かれ、各国の商人たちは,手に入れた奴隷に焼き印を押します。鎖でつながれ、何キロという距離を歩かされ、海岸に連れて行かれ,その後小舟で商船に乗せられました。

「忘却の木」という木があった場所に記念碑が建てられています。奴隷たちは海岸に着く前に強制的にその木の周りを歩かされました。男性は9回,女性は7回歩くことで、自分の名前、言語、家族、ふるさとなどの全てを忘れられると告げられたそうです。この精神状態は、説明されても想像することができません。

拘留中や移動の途中で病死したりする人たちも数えきれないほどいたそうです。海岸の近くには、亡くなった人たちを埋めた場所が聖地として残っていて、僕らも現地の皆さんと共に黙とうをささげました。

そして、ウィダーの海岸には今、「不帰の門」が設置されています。ここを通ると2度と戻って来れないという地です。海に向かってみると、門には,鎖でつながれた二列のアフリカ人のレリーフが刻まれています。奴隷の中には,この国を忘れないようこの場所の砂を口にした人や、つながれた鎖で首を絞め、死を選んだ人もいたそうです。1995年に設置されたこの門は、世界遺産の暫定リストに載っています。

海岸近くには忘却の木の他に、違う木も残っています。写真のこの木は、3回回ると、奴隷として連れ去られた後、魂だけでもここに帰って来られると信じられていたようです。

何も抵抗できない人たちは、どのような気持ちでこの木を回ったのでしょうか。奴隷制度はあまりにも惨いです。それを当時は普通にやっていたのが、人の罪なのでしょう。

アフリカの悲劇は、1800年代後半にこの酷い奴隷制度が終わったら、欧米の列強がそれぞれの国を植民地化したことです。

ベナンも1700年代に奴隷輸出が始まってから1894年にフランスに征服され、1960年に独立するまでの約250年。僕らで言うと忠臣蔵の江戸時代中期から昭和戦後の安保闘争までの250年間、ベナン人の文化、人権、尊厳、威信はどん底まで突き落とされ、今に至ります。この失われた250年間は言葉で表せないほど大きなもので、この歴史があってアフリカを途上国と僕は気安く呼べなくなりました。

僕らが言うアフリカ友好・都市間交流は、かなり綺麗ごとですが、この歴史を深く知らないでアフリカ友好を語るとはとんでもないことだと猛省しました。ゾマホン大使が「観光じゃない!」と怒るもの無理はありません。僕らがまず知らなければいけないことは、まさにこれなのです。広島や長崎、沖縄など僕らが外国の皆さんに対してかなりセンシティブになる、核心的な場所がベナンやアフリカで言うと、ウィダーだったと思います。しかもこれは、アフリカ人だけでなく、奴隷として世界に渡った黒人の皆さんの心の故郷、それ以上の存在だと思います。

アフリカ友好議連として、現地の皆さんとウィダーで祈れたことに、心から感謝しています。

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