2015年2月

「貫き通すこと。【恩師・北川正恭先生最終講義】」

2月4日は、僕の早稲田大学院時代の指導教官で、初めての就職先(早稲田大学マニフェスト研究所)の所長である、元三重県知事・北川正恭先生の早稲田大学の最終講義でした。北川教授はまだピンピンしているのですが、早稲田は70歳定年なので、定年退職ということになり、その記念に学部を挙げて「最終講義」という設えをするのが慣例です。

三重県知事を退任し、マニフェストを提唱した直後の2013年に専門職大学院である公共経営研究科設立に併せ教授に就任しました。僕が青山学院大学のアメリカンフットボール部(法学部)を卒業し、先生の教えを乞うたのが2014年ですので、もう10年前の話になります。

これまで何回も先生の講義を聞いてきましたが、最終講義は「生活者起点の政治・行政」というタイトルながら、行政改革の細かい話ではなく、先生が29歳で三重県議会議員に当選してから衆議院議員、三重県知事を経て、教授になるまでの人生の話でした。僕は6年間先生の下で学びましたが、正直、先生の自民党政治家時代のコアな話をあまり聞くことはありませんでした。

三重県議会議員に初当選した初めての仕事が地域の道路の側溝を直すことだったこと。
37歳で衆議院議員選挙に出馬を決めたときは、夜12時まで帰らないと決めたこと。
用がない時は事務所に籠り、色紙に揮毫を書きまくって、合計約4万枚を支持者に配ったこと(松島大臣のうちわどころの話じゃない(笑))。
ミニ集会は町内会館でなく、支持者の家で開催し、1日1箇所でとことんつめて、合計427回開催し、中選挙区の選挙を戦いぬいたこと。

特に、中選挙区で10万票の選挙を戦い抜いた話は、マニフェストって何?といった、今の僕らもびっくりの「どぶ板選挙」を徹底してやっていた、突き抜けてやっていたというものでした。

実は公共経営研究科の学生は、新卒の僕のような学生は少数で、社会人で通学されている人が多いのですが、議員もそうで、たとえば、小渕優子さんのように国会議員として通学されていた方や、若林けんたさん、中川俊直さん、武井俊輔さんのように、社会人として学んで、国会に出られた方、静岡市長の田辺さんのように、学んで市長になった方、東郷哲也さんや山口拓さんのように現職議員で通学していた方、僕のように、学んでから議員になった人間など、実は早稲田北川門下生の政治家は40人を超えていると思います。

それに加えて、マニフェスト研究所で北川門下生となり、先日熊本市長になった大西さんや、川崎の福田さんなど、北川教授のDNAを引き継いでいる政治家は全国に大勢います。

僕は実は聞いたことがなかったのですが、講義の最後に北川先生が「政治家も40人ほど(研究科)で育てられた、本当に良かった」と言って、最後は涙していました。涙している北川先生を僕は初めて見ました。

政治家ではなくて、何百人という地方公務員も、公共経営研究科やマニフェスト研究所の部会を通じて、北川門下生として全国の自治体で頑張っています。日本には多くの政治家がいますが、これほど全国に門下生がいる政治家もいないのではないでしょうか。

僕も多くのことを北川教授から学びましたが、全てに共通しているのは「貫くこと」です。

継続することもそうですし、貫いた議論をしていくこともそう、選挙も何もかも貫き通すことが非常に重要だということを、言葉ではなく、北川先生の日々のマネジメントの中で学べたと思います。

先生の名に恥じない政治家にならなければならないな。と、別に期待もされていないでしょうが、自分の中でプレッシャーがとってもかかった最終講義でもありました。

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