2019年3月

「教員の働き方改革。亡き工藤義男先生の教え子として。」

先日の予算連合審査では、教員の働き方改革を最後に質問しました。
詳細な答弁を持っていないのですが、まず、質問文だけ掲載させていただきます↓

次に、教員の働き方改革について伺います。

今年1月、柴山文部科学大臣が地元の北山田小学校を視察されました。大臣が本気で取り組んでいる1つの大きなテーマは教員の働き方改革です。

時間外勤務、いわゆる残業が「過労死ライン」とされる、月80時間を超える恐れのある教員は、小学校で3割、中学校で6割に上ることが分かり、国を挙げて取り組みを始めました。

北山田小学校では働き方改革の取組として、ICカードによる出退勤の管理、留守番電話や日直を置かない学校閉庁日の設置、教科担任制の導入やその活用による年次休暇の計画的取得など、勤務時間などを意識した働き方の推進、そして、ICTの導入による、情報共有のためのグループウェア導入やペーパレス職員会議等を視察されました。

それと同じくして、本年1月には中央教育審議会から、学校における働き方改革に関する答申が出されました。答申においては、勤務時間管理の徹底や教員が担う業務の明確化・適正化など、働き方改革の実現に向けた具体の方向性や教育委員会が担うべき役割が明確に示されました。
そこで、

(1)中央教育審議会より出された答申への対応の方向性について、教育長に伺います。

さて、働き方改革プランの中に、「勤務時間外の留守番電話の設定」があります。今まで学校に教員が一人でも残っている限り対応していた電話応対を、各学校や地域の実情に応じて、勤務時間終了以降、順次、留守番電話を設定するものです。

設定している学校によれば、留守番電話を設定することで、教員は授業準備などへ集中できる時間が確保できるとともに、教員のタイムマネジメントの意識改革にもつながり、働き方改革を進める上で、非常に効果があると聞いています。そこで、

(2)勤務時間外の留守番電話の設定状況及び今後の方向性について、教育長に伺います。

留守番電話の設定については、地域や保護者の皆様のご理解・ご協力が不可欠です。今の社会の流れも踏まえながら、教育委員会には、今後も丁寧に対応していただきたいと思います。

さて、僕は先日、中学校を卒業してから20年たって、初めて、中学時代の恩師の家に伺いました。

熱血教師で、大変忙しい中、熱心に進路相談にも乗ってくれて、僕は先生の影響で高校からアメリカンフットボールをはじめ、今の僕があるのも、まさに先生のおかげです。

先生の名前は工藤義男先生。2007年6月、修学旅行の引率から帰宅した直後に体調不良を訴え、くも膜下出血で10日後に死亡。当時40歳でした。

10年前に先生が亡くなったことは風のうわさで聞いていましたが、先生が過労死で亡くなったことを知ったのは議員になってからでした。

先生は異動で赴任したばかりの中学校で、生徒指導専任ながら授業も週10時間以上やらねばならず、それに加え学年主任、部活顧問、そして地域調整担当を兼務する激務を抱え、朝7時台に始まる部活動から夜9時すぎの帰宅後も持ち帰り仕事をしていたそうです。

先生の仕事が大好き。生徒が大好き。部活が大好き。天職だという、大学アメフト経験者の先生。無念にも、亡くなってしまいました。

先生が部活の後に行っていたのが、地域との連絡調整。地域の見回りなど、1年交代の町会役員なども誰が変わったのか自分で聞いて回ったり、本当に難しいし、つらいと仰っていたそうです。

今回の中央教育審議会の答申においては、この放課後から夜間などにおける見回り等は、基本的には学校以外が担うべき業務と明記されました。

遺族からすれば、先生が苦しんでいたものが、実は学校以外が担うべき業務ということだったとは、本当にいたたまれません。

しかも、教員の放課後に費やされる時間はどんどん長くなっているそうで、僕の同級生、横浜市内の学校で教師として現場の最前線で頑張っている先生の教え子たちが、まさに今その問題に直面しています。

先生の死が無駄にならないためにも、これは本当にどうにかしなければなりません。そこで

(1)教員の防犯パトロール等の参加を全校一斉に自粛すべきと考えますが、教育長の考えを伺います。

この質問は乱暴かもしれませんが、自民党の政策会議でこの問題を取り上げ、この質問もご理解いただきました。地域に密接に関係する僕らですが、これだけのことをしていかないと、この改革は断行できません。学校と地域を結ぶ担い手はコミハ等でもできるはずです。

工藤先生の教え子たちの代で再び悲劇を繰り返さないように、改革断行をよろしくお願いします。

工藤先生が過労死で亡くなったことを、恥ずかしながら議員になってから、しかも最近知りました。

奥様が「神奈川過労死等を考える家族の会」を設立し、その新聞記事を読んで、まさかと思いましたが、本当に工藤先生でした。

先日、中学時代も含めて初めて先生のご自宅にお邪魔し、先生の遺影の前で、先生からもらった黒帯を22年ぶりに先生にお返しすることができました。

この黒帯は、体育の柔道の授業で、工藤先生が名物としていた30人乱取りというものがあり、先生は30人を相手にして負けたことがないというのが自慢で、負けたら黒帯をあげますと、恐らく冗談だったのでしょうが、宣言されていました。

僕は今、当時の先生より歳が上になり、今考えると中学生30人と一気に乱取りするだけでも疲れると思いますが、当時の僕は吹奏楽部部長で、一番重いチューバを吹いていて、毎日チューバをもって階段上り下りをしていたせいで自然と力が付き、ベンチプレスやったら80キロは上がっていたと思います。

同級生が一番最後の30人目に僕を持っていき、息が切れ、相当疲れていて、でもめちゃくちゃ強い先生から、力だけで大外刈りに持っていき、技有りをとったときの先生のヤバいという顔を今でも鮮明に覚えていますが、勝ったか引き分けかは覚えていません。

ただ、その放課後に職員室に行き、先生を呼んでいただいて、先生が扉から出てきて僕を見た時の顔、「マジで来たか」のような悔しそうな顔もとてもよく覚えていますし、当日は鬼の首をとったように皆に自慢していましたが、その黒帯の重さを、年がたてばたつほど感じてきて、特に先生が亡くなったことを知った時から、いつか返さなければならないと決めていました。

奥様は黒帯に大変驚かれ、涙も浮かべていらっしゃいましたが、僕は先生の笑顔がずっと心に浮かんでしました。

僕は、今、横浜市会議員として、しかも最大会派自民党の議員として、先生が晩年ずっと苦労され、「教育委員会に行って変えてやるんだ」と言っていたという先生の思いを代弁できる、また、代弁しなければならない立場にいます。

先生の新聞記事を読んだときから、ずっと教育長と市長が揃い、ネット中継で多くの職員の皆さんがみる連合審査でこの問題を取り上げようと心に決めていました。

心に先生の黒帯を締めて、一問入魂で質問しました。

僕は、工藤先生の教え子の横浜市会議員として、絶対にこの改革を成し遂げたいと思います。

よこはま自民党が動けば市政は動きます。そして、横浜が変われば全国が変わります。

先生の教え子たちが、今まさに横浜の教育現場の最前線で頑張っています。僕も彼らと一緒に頑張りますので、先生、見ていてください。先生の死を絶対に無駄にしませんし、絶対に繰り返しません。

この改革が、教員のためだけでなく、何より子供たちの為になることを、横浜でお見せします。

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