2013年3月

「地図に載った『美里橋』」

40年間、地図に載らなかった橋が、今日地図に載ることになります。

この周辺には、この橋の他に橋は無く、架けられてから40年間、毎日、多くの横浜・川崎市民の皆さんが利用していました。

「なんでこの橋はこんな狭いんだよ」
「もっといい橋つくれよ」

当時を知らない人は、この橋が公費でなく、地域の皆さんによる私費でできたことを知りません。

普通の人でも「危ない橋」と認識するように、市内の他の橋梁と同じくして、橋の老朽化が進みました。40年経ったのだから、そりゃそうです。直下型の震災があったら絶対に落ちてしまうと、地域の皆さんは大変悩まれていましたが、地域の皆さんの寄付で作った私道ですから、責任の所在も曖昧で、しかも、架け替えるにはまた大変なお金がかかるということで、10年越しで行政に「架けなおし」の働きかけをしていました。

横浜側は敷田県議、川崎は持田県議と浅野市議、僕が横浜市会議員になってからは、僕もその議論に加わり、横浜市道路局、都筑土木事務所、川崎市役所、川崎市土木事務所に地域の皆さんと共に要望をだし、何回も調整を続けた結果、横浜市の予算で橋を架け替え、横浜市が市道として管理することになりました。これにより、美里橋は、つくられてから40年を経て、横浜市の地図に載ることとなりました。

財政難の中で、既存の橋のメンテナンスもままならない時代に、新たな橋の架け替えには多くの障害がありましたが、最終的に行政を突き動かしたのは、議員の力だけでなく、地域の熱意でした。

今日は、3メートルの幅になった新しい「美里橋」の落成を記念し、わたりはじめやテープカットが行われましたが、テープカットには町会長のお孫さんも参加しました。

20年、30年後、橋を架けるために大変尽力した皆さんがいなくなり、今は新しい美里橋も地域にとって「普通の橋」となってしまい、もしかしたら、この橋を架けるために尽くした努力を、未来の地域の人たちは忘れてしまうかもしれません。地域の方以上に、ほぼすべての利用者は、今のこの努力など、気づきもしないでしょう。

ただ、今日テープカットしてくれた小学生の彼は、これまでの努力と熱意を、将来必ず伝えてくれると思います。そして、彼の子供や孫の時代になって、また橋が老朽化を迎えたら、彼はきっと資料やパソコンを引っ張り出して、今のプロセスを伝えるでしょう。そして「地域の熱意が何よりも大切」だと、未来の地域住民に問いかけると思います。

川崎市と横浜市、地域と地域、そして世代と世代。この小さな人道橋は、いろんな架け橋の象徴です。

ご協力いただいた皆さんに心から御礼申し上げます。

都筑土木所長にとっては、定年退職前の、文字通り最後の花道となりました。地図に残る仕事をしていただきました。

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